うみのなみだ

日常+小説ブログです。

誘う言葉

 放課後の空気はあったかくて素敵だ。紺色の冬服は陽の光に温もり、西日の茜色に染まった床や壁からは柔らかな光が反射している。
 清書の割った書類を手に、帰り支度を済ませてオレンジ色の席を後にした。
 窓の外には水平線にかかる夕日。山の上の、さらに上の高いばかりのこの教室のこともこの時ばかりは嫌いじゃない。それから授業中に広がる市街地が見渡せることも。
 五時を知らせる童謡がどこかのスピーカーから間延びして聞こえてくる。
 四階分の階段を一息に降りると、人気の無い昇降口で上履きを脱ぎ、靴を片手に東館へとむかった。
 靴下の裏がひんやりと冷たい。
 突き当たりの渡り廊下を越えて、すぐの扉に手をかけた。
「失礼しまーす」
 がらがらとあけた生徒会室には人影が一人。
「あ、玲子先輩。どうも」
 ウォークマンを付け、机に足を投げ出していた生徒会長はイヤホンをはずすとばつの悪そうにこちらを向いた。
「こないだの企画書、できたから」
「ほんとですか?わー。ありがとうございます」

 書類を差し出すと彼はざっとページをめくり、捧げ持つ様にして頭を下げた。
「さすがです。もーほんと今年の一年使えなくって。助かりました」
「しょうがないわよ。私だって先輩に手伝ってもらったし。それより、他の子は?」
 手直ししてくれと頼まれた企画書はたしかに抜けてるところが多くて、彼の苦労を感じさせた。
「部活いってます。今年は掛け持ちが多くて、毎日いるのは俺くらいですよ」
 粗暴な素振りだけれど人の良い彼はそう言って少し笑った。
「そうなんだ。まあ、去年は暇人が多かったものね」
「そ。俺は今年も暇なんです」
 おどけながら彼は書類をファイルした。
「でもライブに出るんでしょ?部活の後輩から聞いたわ」
「あー。知ってましたか」
「すごいじゃない」
「いやべつに。たいしたもんじゃないですよ」
「そんなこと言って。ね、チケットとか無いの?」
「来てくれるんですか?」
「もちろん。行くわ」
 彼は茶色の封筒を取り出すと、チケットを一枚差し出した。
「じゃあお願いします。先輩、女の子いっぱいつれてきてくださいよ。当日券用意しとくんで」
「いいわよ。楽しみにしてる」
 チケットをしまうと、もう言うことも無くてじゃあ、と手をあげてきびすを返した。
「あ、俺も帰りますんで。一緒に帰りましょうよ」
「そう?じゃあ」
 そこで私たちは用意済みの靴を持ち上げて見せ、いつもの様に中庭から近道をして一緒に帰ることにした。