うみのなみだ

日常+小説ブログです。

re:枕 ((文章力向上委員会 10月作品 <a href="http://web-box.jp/bki/200310/005.html">「枕」梁瀬陽子</a>))

 愛用の枕が、とうとう破れてしまった。
 しかたなく新しい枕を買いに出かけたものの、売り場に並んだ大量の枕を前にして僕の心は暗澹としていた。
 あの枕以外で快眠出来た例がないのだ。果たして僕に快眠をもたらしてくれる枕はこの中にあるのだろうか。
「枕、お探しですか」
 真剣に枕を見つめる僕に、すかさず女性店員が声を掛けてきた。
「あ、はい……」
 振り返ると、中年店員がニコニコと営業スマイルを浮かべて待っていた。まずい。おばちゃん店員を相手に回して、良い買い物をした覚えが無いのである。押し切られて、高い買い物をさせられるのがオチだった。
「どんなものをお使いだったんですか」
「えっと、その……中はソバガラで……」
 断り文句を探しているうちに質問されてしまい、僕は結局正直に答えてしまった。さすがの技である。
「あら。じゃあ次も硬めの枕がいいわよね」
 了解、とばかりに店員は熱心に硬めの枕を探し始め、次々と僕に寝心地を試させた。しかしどれも僕の理想の枕とはかけ離れていた。そして値段も高かった。
「これどうかしら」
 仕舞いに、彼女は奥のほうから少し小ぶりの枕を取り出してきた。何でも特殊な素材を使ってあるとか。
 一体どんな高級枕なのだろう。恐々としながら僕はそれを受け取り、再び横になった。
「寝心地はどうです?」
 首をみっしりと支える硬い枕の安定感に、僕は思わず唸った。それは今まで使っていた枕と寸分たがわぬ感触だったのだ。
「……今までどおりです」
 僕の言葉に、彼女は「じゃあそれがいいわね」と勝ち誇ったように言った。
 ああ、買わされてしまった。しかし、枕は申し分が無かった。それは確かだった。
「カバーはどれにします?」
 勧められるままに枕カバーを選び、僕は敗北感と不安を感じながら会計に望んだ。
「お会計、三千四百八十円でございます」
 しかし、それは棚に並んだどの枕より安かった。あっけに取られた僕の横で、枕を包装しながら彼女は言った。
「お兄さん、学生さんでしょ。ちょうどウチの息子がおんなじ年頃なのよ。あ、枕も時々干さなきゃダメよ。はい。良く寝れるといいわね」
 にっこりと優しく笑って、彼女は僕にお釣りと紙袋を差し出した。
「ありがとうございました」 
 歩き出した背に声を受け、僕は後ろを振り返った。晴々とした笑顔で、おばちゃんが見送ってくれている。
 僕はゆっくりと微笑んだ。新しい枕がくれる眠りは、素晴らしいに違いなかった。