うみのなみだ

日常+小説ブログです。

 re:虫((文章力向上委員会 11月作品 [http://web-box.jp/bki/200311/035.html:title=「虫」 桐野京]))

 きっかけは男が持ってきた蝶のペンダントだった。アクリル樹脂に小ぶりの蝶が埋め込まれたそれは、生々しい美しさをたたえていた。手にとると、色鮮やかな羽をはためかせてジャングルを飛ぶ姿が目に浮かぶ。
「きれい」
「そうだろ。向こうで見つけたんだ。よかった、気味が悪いって言われるかと思ったよ」
「そんなことないわ。ありがとう」
 男は仕事上、様々な国を渡り歩いていた。どんな仕事なのかは知らない。ただ、私のような女に家一軒を無頓着に与えるくらいだから、普通の仕事ではないのだろう。彼はどんなに忙しくても月に一度は十分な生活費を持って現れる。しかし反対に頻繁に現れる時でも一日以上ここに留まることはなかった。
 きっと私以外にも訪ね歩く場所はあまたにあるのだ。
 出会ったころは、どんなに引き止めても帰っていく彼を熱っぽく責めたりもしたが、三年の月日が流れてはもう、その感情がどこから沸いて出ていたのかも解らなくなっていた。男のことを恨めばまだ救いはあったのかもしれない。しかし私はただ毎日、無為に時間が流れていくこの生活に、馴染みすぎていた。

 蝶のペンダントを気に入った私は、同じように美しい虫たちが封じ込められた品々を買い集めた。
 捕らえられ、封じ込められたその姿に自分自身の愚かさを重ねている事は、とうに気がついていた。馬鹿げた事だと、幾度もやめようとした。しかし、生と死を称えた虫たちへの執着はますます強くなっていった。
 やがて私は、専門店に寄っては本格的な標本を集め出した。標本箱の中には美しい虫だけではなく、禍々しいものやみすぼらしいもの、嫌悪感すら思い起こさせる様々な虫たちが磔にされ、在りし日の姿のまま保存されていた。
「こんなものに囲まれて、平気なのか」
「ええ」
 部屋を埋め尽くす虫を男は気味悪がったが、一度そう言ったきりだった。そして相変わらずふらりと現れては私を抱いた。
 横たわったベッドの上で飾られた標本を見上げ、ぼんやりと私は思う。

 ああ私も、針で貫かれ、磔にされて、このまま時間を、止めてしまえたら良いのに。

 男の体が私の中から引き抜かれ、ベッドの上で私の時間は再び動きだす。そそくさと服を着る男の後姿に、この生活が長くは続かないことを改めて感じ取る。
 私は羨ましげに、永遠を手に入れた標本たちをただじっと見つめた。