うみのなみだ

日常+小説ブログです。

re:夏の音((文章力向上委員会 11月作品[http://web-box.jp/bki/200311/021.html:title=「夏の音」梁瀬陽子]))

「あんまり遠くに行くんじゃねーぞー」
 神社裏の森に散っていく、幼い従兄弟たちの後姿に声をかけると、俺はジーパンのポケットからタバコを取り出した。木陰にたたずむと、熱気を払う涼風が通っていく。五人の子供たちの世話を押し付けられたとはいえ、初盆の準備と口煩い親戚方に囲まれる母屋にいるよりは数段マシだった。
 セミが、夏に挑むように鳴き続けている。
 それぞれに虫取り網を持って、木立を見上げては歓声をあげる子供たちの姿に、俺はこの森で過ごした懐かしい夏の思い出を思い出した。鳥の巣を見ようと木に登ったあげく骨を折ったことや、森の奥で遭難しかけた事さえある。あの頃の自分と比べれば、少々数が多いとはいえ、素直にセミを追いかけている従兄弟たちは可愛いものだった。
 一服し終わると、俺は懐かしい景色の中を従兄弟たちの成果を見て回った。
「雄太ー。 どうだ?」
 ひとり年長の雄太は、弟妹たちのグループから離れて黙々とセミを追っていた。
「お、上手いな」
 雄太は得意そうにセミとチョウの入った虫かごを見せ、はにかむように笑ってみせた。

「おう。そろそろ帰るぞー」
 飽きっぽい下の子供たちが、虫かごを置いて遊び始めたのを機に、俺は従兄弟たちに声を掛けた。ばらばらに遊ぶ子供たちを一人で見る事の難しさはよく知っていた。
「じゃあ、帰る前に、虫も帰そーな」
 俺の言葉に小さな子供たちは文句を言ったが、お決まりのセミの寿命を教えて諭すと、さすがに可哀想になって、次々と虫かごのふたを開けた。
「あーあ」
 諦めきれないのか、悔しそうに雄太が声を出した。自分の手柄を渋々手放すその横顔に、俺はいつかの自分を重ねた。
 あの時、俺を落胆させたのは死んだ父だった。何時までも駄々をこねる俺に、困りながら笑った顔を、はっきり覚えている。弱り果てた父の姿に、俺は渋々虫かごをあけて、次々飛び立っていく虫たちを見上げたのだ。
今更のように、自分がもはや逆の立場に立っている事に気がつく。やれやれ、と俺は苦笑した。
「さあ、行くぞ」
 空っぽの虫かごを抱えた雄太たちを見回して、帰り道で駄菓子の一つでも買ってやるかと思い立った。いつかの自分がめったにない買い食いをとても喜んだように、この子達にとって、今日が楽しい思い出となるように。
「アイスでも買ってくか」
 俺の提案に、つまらなさそうに端を歩いていた雄太は、弾ける様な笑顔を見せた。つられて俺は、久しぶりに声を立てて笑った。
 遠ざかる森からは、夏の音がひっきりなしに聞こえていた。