うみのなみだ

日常+小説ブログです。

 6.りんご

 スーパーの片隅で季節外れのりんごが売られていた。ダンボールの箱そのままに陳列された赤い果実。
 そういえばあの人はりんごが好きだったな。一週間分の食材をいれた買い物かごを片手に、サキは立ち止まってじっと丸い形を見つめた。好き嫌いがなくて、どんな料理も美味しいよと笑って食べてくれたその笑顔を思い出す。一度、食後にりんごを出したとき、大好きなんだといって喜んでくれたっけ。
 でも、私の料理が美味しいかどうかなんて、彼には関係がなかったのだろう。何事にも執着しない、そう言う人だった。デートで何を食べるかを決めるのはいつも私だったな、思い当たって、サキはなおさら悲しくなった。
 悲しんでばかりいてはいけない、そうは思うのだが、何を見ても、何を聞いても、思考は彼との思い出につながっていってしまう。サキはそっとりんごから視線をはずすと、レジに向かって歩き出した。
 大好きだ、と明言されたりんごが羨ましくさえ思える。サキは彼から直接、好きだとはついに言ってもらえなかったのだ。「私のこと好き?」耐えかねて口に出すと、いつも柔らかに笑って頷くだけ。いくら食い下がっても、「好きだよ」の一言は聞こえてこなかった。
 心が落ち着くんだ、ずっと一緒にいたい、優しい言葉はいくつもくれた。そのどれにも嘘がないことは彼の態度をみていれば解った。
 どうして「好き」って言ってくれないの。最後の日にサキはそう詰め寄った。自分の中で繰り返された疑問がそのたびに重たく冷たいものになって、サキ自身の心に深く突き刺さっていたのだ。
「そんな言葉に頼らなきゃだめなのか」
 彼は苛立ちを隠せないように言った。
 きっと、とサキは感情に流されそうな思考を断ち切った。冷静に振り返ってみれば解る。彼は言葉なんかじゃなくて、示したかったのだろう。自分の愛情を。それは解る。たぶん、解っていた。理性では解っていても、感情が納得しなかった。
 今も。
 私が悪いのかしら。彼の優しさや、聡明さを思い出してサキは自問する。答えは返ってこなかった。
 もし私がりんごだったら、大好きだと言われていたら、私は納得していたかしら。
 ダンボールの中に詰め込まれたりんごを振り返る。ばかばかしい。そっと視線を元に戻して、サキはレジに向かった。