うみのなみだ

日常+小説ブログです。

世界一不幸な子供 ((かつて変名で作家でごはんの鍛錬場に乗せました。在庫リサイクルで掲載します。記2008))

 新米の天使は雲の上の聖堂でしずしずと神様の前に歩み出ました。
「神様、私は今日から天使として地上の人々につくすことになりました。とても嬉しく思っています。私にできることは少ないですが、少しでも人々のためになることができればと思います。どうぞよろしくお願いします。」
 挨拶を終えた新米の天使に神様はゆっくりと一つ頷きました。天使はいよいよ心に情熱を燃えあがらせると、堂々と自分の思いを言いました。
「私はこの羽根を使って、まず世界中の不幸を見てまわりたいと思います。そして、できるだけ多くの人々に幸せを届けたいと思います。」
 神様はもう一度大きく頷きました。
「それでは早速いってまいります」
 力に満ち溢れた天使は背中の羽を大きく動かすと、雲の上から飛び立ちました。
「まずは北の国へ行こう。寒さは人々に苦しみを与えるに違いない。」
 天使は北の空へ飛びました。
 北の国では、寒さのために多くの人々が苦しんでいました。天使は凍える人々に、はあっと暖かな息を吹きかけて回りました。人々は少しだけ暖かくなり、一時の安らぎを得ました。天使は根気良く一人一人に吐息を吹きかけました。それで、百年もの時間がかかってしまいました。
 北の国を一回りすると、天使は一度神様の元へ戻りました。
「神様、北の国では沢山の人々が凍えていました。寒さで震える老人や子供たちに、私は一人ずつ暖かい息を吹きかけました。けれど私にはそれ以上どうすることもできません。私は北の国を幸せにする事はできないようです」
 神様はゆっくりと頷きました。
「けれど私は諦めません。まだ何かできるはずだと信じています。」
 天使はそう言うと、再び飛び立ちました。
「こんどは南の国に向かおう。強すぎる日差しは人々を苦しめるに違いない。」
 南の空へと天使は飛びました。
 強い日差しの下で、南の国の人々は暑さに苦しんでいました。天使は息をふーっと吹きかけました。人々は涼しい風に吹かれて一時の安らぎを得ました。天使は暑さに苦しむ一人一人に息を吹きました。そしてまた百年もの月日が流れました。
「神様。私は南の国へ参りました。そして暑さに苦しむ人々に涼しい息を吹きました。けれど私はそれ以上どうすることもできません。私は南の国の人々も幸せにする事はできないようです」
 神様はゆっくりと頷きました。
「神様、私はとても無力です。多くの人々を救おうなんて、とてもできません。」
 天使は嘆きました。
「私に残された時間も残りわずかです。最後に、私は世界で一番不幸な子供に幸せを与えてあげたいと思います。私にできることはそれ位しかないのです。神様、どうぞ私をお許しください。」
 神様は頷きました。そこで天使は羽を広げると飛び立ちました。
 天使は世界の空を飛び回りました。北へ飛び、東を回り、西を通って南の空を飛びました。世界中で子供たちは空を見上げていました。天使は子供たちに一瞬姿を見せては喜ばせました。どの子も笑顔で天使に手を振りました。
 天使はぐるりと世界を一周すると、再び雲の上に戻ってきました。
「神様、私はとても悲しいのです。世界にはたくさんの子供たちがいました。北の国には道端で震えながら一人で生きている子供がいました。東の村には朝から晩まで農園で働かされている子供がいました。西の街には部屋の中で窒息しそうになっている子供がいました。それに、南の国には乳飲み子を抱える小さな母親がいました。」
 天使は泣きました。
「神様、私には誰が最も不幸であるか決めることができません。」
 神様はゆっくり頷きました。
「それに私にはどの子供も救うことができないのです。子供たちはあまりにも不幸すぎます。」
 天使はぽろぽろと涙をこぼしました。涙は雲を突き抜けて地上に雨を降らしました。
「神様、最後に私は気がつきました。この世界で最も不幸なのは誰なのか。」
 天使は涙をぬぐうと顔を上げました。
「それはあなたです。この世の中のすべての不幸を知りながら、あなたは上から見ていることしかできない。それはとても不幸なことだと私は気がつきました。」
 神様はじっとしていました。そしてゆっくりと言いました。
「では最も不幸な子供はお前ということだ。」
 その言葉に天使は驚きました。
「それでは、私は最後に願いをかなえます。」
 天使は羽をたたむと雲の上から飛び降りました。自分の不幸を終わらせようと決めたのです。
 まっさかさまに落ちていく天使を神様は見ていました。今まで何人もの天使たちが同じ事をしたのです。
 神様は悲しくて涙をこぼしました。そのきらめきは夜空に輝く星になりました。
 神様も天使も人々も、不幸のままです。けれど、やがてまた新しい天使がやってきて、情熱を燃やすでしょう。そうすることで、いつか不幸がなくなる日がやってくることを神様は知っています。だけどそれがいつになるかは知りません。ひょっとしたら次かもしれないし、ずっと先なのかも知れません。
 できれば今度こそ、皆に幸せが訪れますように。神様は空の星を見上げてゆっくりと頷きました。