うみのなみだ

日常+小説ブログです。

 最吉さま

 季節外れの初詣で「最吉」と書かれたおみくじをひいた。
「さいきち?」
「そう。よく引いたな」
 振り返ると、神主姿の青年が笑っていた。私の手元など見えるはずもない位置で、はっきりとうなずいている。
「なんですか、これ」
「私が気に入った者だけが引ける神籤だ。引けばどんな願いでも一つだけ叶えることができる」
 にこにこと神主は言う。気に入った人にアタリを出すなんて事ができるのかしら、と止まった思考をよそに神主は続けた。
「どんな願いでもこの最吉さまに係れば造作ないぞ。ゆっくり考えて望みを申せ」
「あなたが叶えてくれるんですか?」
「私は神だからな」
 春先の危ない人か、と警戒する私の目の前で神主の後ろから光が差した。日差しの暖かさとも違う、柔らかくて涼しげな明かり。妙な浮遊感。ふと、彼が神様だということが信じられる気持ちになった。
「ゆっくり考えろ。一つしか叶えられないからな」
 それならもう決まっている。
「最吉さま。土曜日に高沢先輩の隣に座れるようにしてくれますか」
「それだけでいいのか?」
 うん、と頷く。それ以外も、それ以上も望んでしまうことはできない。
「わかった。必ず叶えよう」
 ふっと光が強くなって、まぶしさに目を閉じる。すっと風が抜ける感覚。
「社の扉を開けてくれるか」
 姿の見えないまま、最吉さまが言う。細く目を開けて、おみくじの置かれた小さなお社の扉を開ける。そこには美しい扇子があった。
「この扇子はおまえの願いを叶える報いだ。ささやかな願いに見合った褒美だな」
「ささやかで、ごめんなさい」
「いや。業の深い者につく神は業が深いものだ。私はこれで結構」
 微笑んで、最吉さまは扇子を手にした。
「では、土曜日に。楽しむのだぞ」
 振り返るように一歩踏み出すと、最吉さまは消えた。手にしたおみくじも無い。開いた社の扉だけが、かろうじて白昼夢と現実をつないでいた。虚脱感。けれど、願いは叶えられる確信があった。
「がんばります」
 一礼して、手を打った。柔らかに風が吹く。土曜日が、待ち遠しくなる。