うみのなみだ

日常+小説ブログです。

[小説] 君には嘘がないから、僕には追いつくことができない

1.新生活の幕開け

 体を壊すほど勉強して合格を勝ち取った、春。僕は明聖高校の制服に身を包み、心から晴れやかな新学期を迎えていた。もとい、迎えるはずだった、と訂正しよう。先ほどまでの淡い期待感、さわやかな緊張感、ただ顔を知っているだけという希薄な同じ中学出身者との、心強い挨拶、新しい教室でのざわめき。そうした想像と違わない新生活の入り口は、たった一人の存在によって破壊された。完膚無きまでに。

「君か、私の許嫁は」

 はっきりと通る澄んだ声で、彼女は言った。教室の入り口からまっすぐに僕の席まで進んできた彼女に、見覚えはない。長い黒髪に、一筋の銀髪。右耳の横で切りそろえられた銀色の髪は小柄な頭が揺れるたび、さらり、と軌跡を残す。そして、その鮮烈な印象に負けないほどの、美貌。ぱっちりと見開かれた瞳に見つめられれば、知らずと心拍数があがる。きつい視線の下には、ぷっくりと桃色の唇。大人びた口調とアンバランスな、ベイビーフェイス。

「一年C組、出席番号16番、高山宗佑。川中中学出身、身長173センチ、体重62キロ、11月13日生まれ、蠍座のA型、バスケ部で三年間補欠、特技は美術。違いないな?」

 胸元から生徒手帳を取り出し、すらすらと個人情報を読み上げた彼女はごく事務的に、僕を問いただした。

 「あ、はい」

 見覚えのない美少女に問いただされる由縁はないのだが、間違いはないので、同意する。

「そうか。ではやはり君が私の許嫁なのだな」

 幼顔を深刻にしかめて、彼女はふぅー、と深いため息をついた。

「え、いえ。違います」

「なんだ、君は知らないのか」

 慌てて否定した僕に、露骨に嬉しそうに彼女は声を弾ませた。

「ということは、婚約など、無効だな!」

「こ、婚約…?」

 全く事情の飲み込めない僕を置いて、彼女は嬉々として身を翻した。

「失礼した。君が承知していないと言うことを知らなかったばかりに、事を急いた。この件は忘れてくれ」

 現れたときと同じように、足早に、彼女は教室の入り口を後にした。

「なんなんだ」とつぶやく僕をよそに、一連のやりとりをそば耳立てて聞いていた生徒たちのざわめきが教室を埋め尽くした。

「今の、二年の朝生先輩だろ? 去年ミス明聖を辞退したって言う。おまえ、知り合いなの」

 隣に座った男子生徒が、言った。しかし僕にはまったくその存在を知らない。一度みたら忘れるはずのない強烈な印象、その最初のイメージは、僕を詰問した鋭い目線だ。

「い、いや。知らない」

 釈明しかけた僕の声を打ち切るように、チャイムとともに担任となる教師が教室に現れた。

 周囲の好奇心の視線を一心に浴びながら、僕の高校生活が、始まろうとしていた。