うみのなみだ

日常+小説ブログです。

[小説] 君には嘘がないから、僕には追いつけない #2

2.幻のミス明星

 彼女の名前はアソウ ユリラ。百合のように香り、薔薇のように咲き誇れ、と書いて百合薇。身長156センチ、血液型AB、四月四日生まれの牡羊座、二年A組出席番号1番、茶道部、華道部、弓道部、柔道部、馬術部に所属し週一回ずつ参加。茶道部では部長を務め、弓道部では昨年県大会に出場。

 ホームルームを終え、始業式が始まる頃には、彼女が披露した僕の個人情報とは比べものにならない密度の情報が次々と級友たちから集まっていた。僕はその密度に圧倒されながら、僕の目の前できびすを返し、遠ざかっていった後ろ姿を思い出していた。

 財界に広く血脈を持つ、朝生グループの一人娘にして、定期試験では必ず学年上位にはいり、昨年の明星祭ミスコンにて、堂々の一位を獲得する。しかし壇上にて辞退を申し出て、幻のミス明星と呼ばれる。

 その彼女が、僕の許嫁?

 明らかに何かの間違いだ。凡庸で、スポーツも成績も赤点すれすれ、この明星高校に受かったことですら中学の級友たちには奇跡と騒がれたほどだ。もちろん僕の人生に「女の子」の陰はこれっぽっちもない。せいぜい「いい人」「優しい人」をねらうくらいが関の山で、間違っても憧れを集めるような存在ではない。

 がんばっても、奇跡を起こしても、彼女の足下にも及ばない、それが僕の実力。

「続きまして、在校生を代表して、生徒会会長から新入生歓迎の挨拶です」

 退屈な校長の訓辞がおわり、壇上には一人の女子生徒が現れた。

「新入生の皆さん、生徒会会長を務める、二年A組、柏木葵です」

 にこり、とほほえんだ生徒会長に「アオイさまー!」と女生徒の声援が飛んだ。ファンがいるのか? 式典中だって言うのに。と声の出所をそれとなく見やると、同じ2年生だけではなく、1年生からも、いや3年生からも、次々と声が上がる。生徒会長はにこやかに右手を挙げ、小さく頷いて声援に応えて見せた。その優雅な動きにあわせるように、高まった興奮は一挙に平静を取り戻した。

「みなさん、ありがとう。新入生の皆さん、ごらんのように明星高校では学生の自主性を尊重した校風を培ってきました。皆さんが今、新しい学生生活に向けて希望に満ちていることが、そのまなざしに宿って見えます。生徒会をはじめ、私たち上級生はみなさんの手本となり、その期待に応えることをこの場でお約束します。どうぞ、いま期待にふくらんだ気持ちを忘れず、3年間が実りの多い日々になるよう行動してください」

 ふ、と息をついて葵会長はぐるりと生徒を見渡した。堂々とした振る舞いに、隙はない。

 さすが自由闊達の校風で名をはせる明星高校の会長だな、とその演説に聴き入っていると、先ほど浴びせられたアソウユリラ情報の一つが浮かび上がってきた。

 ミス明星の辞退により、学園祭委員会は急遽、次点繰り上がりを発表し、第57代ミス明星は生徒会長に授与された。これにより生徒会長がミス明星を兼ねる、23年ぶりの快挙が達成された、と。

 つまり、いま壇上で感動的祝辞を述べているその人こそ、アソウユリラに破れたミス明星、その人であるということ。

 いったい、どれだけの人物なんだ?

 きびすを返す後ろ姿がフラッシュバックする。「婚約など、無効だな!」と笑った顔。

 僕はいったい誰と「婚約」したことになっていた? そして、どうして彼女はそれを信じていたのか。

 謎は、一つも解けない。僕には何の情報もない。

 けれど、このまま全てが無かったことになる、それでいいのだろうか。正直に彼女に僕の無知を知らせて、疑いを晴らして、そして彼女と接点のない、凡庸な日々に戻るとして。

 それでいいのか?

 新しい日々を、僕は、どう「実りある日々に」すべきなのか。

 壇上では生徒会長が、完璧なほほえみで祝辞を終え、一礼をして下がる。瞬間わき起った拍手の渦につられて自分の手を鳴らす。

 そして僕は、一筋の希望を見いだした。