うみのなみだ

日常+小説ブログです。

[小説] 君には嘘がないから、僕には追いつけない #3

3.小心者のやり方

「あ、あの。朝生先輩!」

 始業式が終わり、僕は上級生のHRが終わるのを正門前の木陰で待っていた。朝生百合薇は大勢の上級生とともに、けれどその他大勢とは隔絶した存在感を持って現れた。作戦通り、呼び止めようと声を出した僕は、どこからともなく現れた女生徒の群れに行く手を阻まれた。

「ゆら様、お久しぶりです! 新学期もよろしくお願いします!」

「ゆら様!」

 声援を口々に集まる彼女たちの制服には百合と薔薇をあしらった揃いのピンバッチ。

 あの生徒会長への声援を思えば、それを上回るファンを彼女についていることは想像しがたいことではなかった。しかし、作戦の出鼻をくじかれて僕のささやかな勇気は風前の灯火だった。やっぱり、身に過ぎた夢だったんだ、

「高山さま。どうぞこちらへ」

 女生徒に囲まれ、次々と新学期の挨拶を受けている姿を前に、よろよろと正門を出た僕の肩を、誰かが引いた。

「え」と振り返る僕の動きを予測したように足が払われ、重心を見失った体がぐにゃりと傾いた。

「失礼します」

 姿勢制御を無くした僕の体を声の主は軽々と受け止め、抱え上げるとそのまま駆けだした。

「え」と口を開いたままの僕の視界の先には上等な黒のスーツ。それから甘い、薔薇の匂い。

 角を曲がる感覚がした直後、僕の体は革張りの座席に着地した。

「手荒なまねをして申し訳ありません。しかし人目を忍ぶ必要があると思いましたので。申し遅れましたが、わたくしは百合薇お嬢様の運転手を務めております、相羽と申します」

 運転席についた男は、シート越しに振り返ると座席に倒れ込む僕に頭を垂れた。僕を抱えて走ったとは思えない、細身の優男の風情に、物腰の柔らかな笑顔。しかし、軽々と僕を拉致した手際はただ者ではない。

 ことの展開について行けない僕を、よそに、再びドアが開く。

「高山宗佑ではないか」

 乗り込んできたのは、朝生百合薇、その人だった。

「お帰りなさいませ、お嬢様。高山様がお待ちでしたので、お連れいたしました」

「そうか。ご苦労だったな、相羽」

 僕の横に滑り込んできた朝生百合薇の鞄を相羽がとり、助手席に置く。ドアが閉まる。そして、相羽が車を出した。

「高山さま、よろしければお送りします」

「あ、はい」ようやく姿勢を正した僕は相羽の言葉に曖昧に笑った。そもそも僕はなぜここにいるのか。

「高山宗佑。私は今朝、君との婚約は事実無根であると確認したと思ったが。どういう用件か」

 思い出せ、と自分の計画を反芻して、僕はその稚拙さに戦慄した。この状況で、どうする。ターゲットを目の前にしてはいるが、戦況は確実に不利だ。

「い、いえ。その。朝生先輩、じつはですね」

「お嬢様、挨拶もせずにそのような事を仰ったのですか」

 答えに困る僕をよそに、相羽が声を挟む。

「なんだ相羽。自分の許嫁に、挨拶も何も無かろう」

「お嬢様。確かにお嬢様にはこの一年、高山様のことを仔細に報告して参りましたが、あくまでも対面なさるのは初めてなのですから。礼節をふまえた手順を踏まねばなりません」

「そうか。それもそうだな。つい既知になったつもりになっていた」

 ふむ、と考え込んで、朝生百合薇はこちらをみた。

「失礼をしてすまない、高山。私としてもすっかり動転していた」

 謝罪の礼をとる先輩に、頭を振って僕は答える。

「あ、いや。いいんです。僕も突然だったので」

 そう。突然だったので。

 僕はその言葉で、自分が何をしようとしていたのかを思い出した。

 ポケットを探り、メモをつかみ出す。

 葵会長が祝辞を送る際に持っていた原稿用紙、それをまねて僕は自分の作戦を箇条書きにしてきていた。この通りに事を進めれば、僕の夢が、かなう。

 はずだ。

「えっと。それでそのことなんですが」

 メモを広げて、僕は朝生百合薇に対峙した。

「なんだ。

 そうか、君、恋文を渡しにきたのか」

 息を整えた僕をよそに、急に頬を染めて朝生先輩は僕のメモを手に取った。

「ちがっ」と手を遮る僕から軽々とメモを取り上げて、朝生百合薇は僕の作戦を読み上げた。

「朝は突然で否定してしまった。周囲の目があるので、許嫁としての行動は慎んで欲しい。婚約に向けてお互いのことをゆっくり知り合うのが良い」

「もっともです。高山様」

 なぜか相羽が賛同する。

「そうだな。私も少し急いていた。まだお互い、言葉を交わすのも初めてなのだからな」

 ちら、と頬を染めて朝生先輩がこちらをみる。いったい、朝の毅然とした態度はどこへ行ったのか。

「私も気恥ずかしくてな。つい強硬なものいいになってしまった。高山宗佑。許嫁であるからには、お互い、これからのことを考えていかねばな」

「こ、婚約は、まだ、ですよね」

「そ、そうだ! 婚約には、私にも心の準備が必要だ。もちろん、相羽の報告から、君が決して悪人でないことは解っている。けれど私もひとりの女。嫁ぐからには愛情を持って家庭を気づきたい。それには、やはり、君をもっと知る必要があると思うのだ。だから、今朝は婚約がまだだと知って先走ってしまった」

 そういって、先輩はもじもじと、俯いた。なんだか学校で見かけた姿とは別人のようだ。

「ですから、もっと人前で素直になされればよいのに」

 相羽がため息混じりに言う。

「小言を言うな、相羽。私だって堂々と我を晒すことができればと思う。しかし、小心者ゆえにな。なかなか上手く振る舞えないのだ」

 いやあ、そんなこと無いと思うけどな。

 本当の小心者っていうのは、僕のような小物のことを言うのであって。

「ええ。高山様との交際で、もっとご自分を出すことを学ばねばなりませんね」

「そうだな。高山、今後ともよろしく頼む。いや、違うな。

 わたしは、君と。きみと、」

 と、考え込んで、朝生先輩は言った「親しく過ごさせてほしい」

「は、はい。よろしくお願いします」

 どうしてそうなるのか全く解らないながら、希望道理の展開に、僕は頷くしかなかった。

 彼女は嬉しそうに、僕に向けて笑った。

 すごく、可愛かった。