うみのなみだ

日常+小説ブログです。

物語を書くということ: 「小説の神様」 相沢沙呼 著

 HDDの片隅でバックアップと名づけられたフォルダには、十年以上前に書いたテキストファイルが眠っている。それぞれ、10キロバイトにもみたないサイズのシンプルなデータたち。
 小学生の頃に初めて使ったワープロソフト“一太郎”の独自ファイルが高校を卒業する頃には読み出せなくなった経験から、いまでもワードで書いたファイルの最終版はテキスト形式で保存している。おまじないみたいなものだ。その冗長な用心深さのおかげで、.txtアイコンをダブルクリックするだけで、十年以上前の一月十八日深夜に書き終わった物語が目の前に現れる。これがデジタル化の恩恵だとして、幸せなのかどうかは微妙なところだ。忘れてしまいたかったことさえも、瞬時に目の前に突きつけられてしまうのだから。
 データは、簡潔で、風化すらせずに、ありのままにそこにある。十年前の手紙を引き出しの奥から見つけるのと、手続きは似てはいるのに、手触りはずいぶんと違う。

 恥ずかしいのかもしれない。
 でも、同時にすこしだけ、誇らしくもある。

 小学生の頃に始めた文字を巡る遊びを、どうにかこうにか、ずっと続けてきたこと。

 断絶はあった。絶望もあった。
 俯瞰してしまえば、社会的に何か結果らしいものを残した記憶はなく、すぐ傍らにさえ輝かしい才能はありふれていて、時に眩しく眼を焼いた。

 けれどそれに変わる喜びがあって、楽しさがあった。
 小さな掌編に賞をいただいたり、知人に褒めてもらったり、見知らぬ誰かから短い感想を受け取ったり。それだけで十分すぎるほどに、続けることを選んでこれた。

 それに、なによりも。
 物語を作り、文字に練り上げるそのひと時は、楽しかった。創造を形にする作業は、地道でままならず、けれどとびきり自由な瞬間だから。

 真っ白な空白に文字をつめて世界を作る。

 見つけた物語が、少しでも誰かに伝わったらいいなと願いをこめて。



 そういう気持ちを思い出させてくれる、素敵な物語でした。


小説の神様 (講談社タイガ)

小説の神様 (講談社タイガ)